衆議院議員(元環境大臣)・小沢さきひと公式ホームページ

3月28日、おおさか維新の会に入党致しました。
この間の経緯をご報告申し上げます。

 昨年8月、維新の党が分裂しました。当初、私は分裂回避に、そしてそれが無理だとなってからは、中間派として、せめて円満分離にと活動してまいりました。そうした経緯から、どちら側につくこともせず、仲間とともに、昨年末に「改革結集の会」を立ち上げ、活動してきたわけです。

 ところが、三月に入り、状況は急転致しました。民主と維新の合併による「民進党」ができる事が確定した中、民主党の枝野幹事長から、ぜひ「改革結集の会」も民進党へ合流をしてほしい旨の要請があったのです。

 枝野氏と私は、日本新党で同期、初当選という仲間であり、私を真摯に心配してくれ、熱い勧誘をいただきました。また、維新の党の松野氏からは「ぜひ、これからも一緒にやりましょうよ」との電話もいただきました。民主党の昔からの仲間達にも会食に誘われ、熱心な勧誘もありました。

 一方、おおさか維新の会からは、「改革結集の会」設立当初から一貫して、いずれは維新の会に移ってもらいたい旨の誘いをいただき続けていました。
「改革結集の会」の私を除いた他の4名は、それぞれの事情はあるものの、民進党に合流していくことを早々に決め、全員で合流することにより政党同士の合併という形が取れることもあり、私に対しても強く合流を要請してきました。
 後援会の皆様には、緊急役員幹部会を開催し、意見を聞かせていただきました。また、たまたま開催されることになっていた花の会の役員会でも、意見をお聞き致しました。選択肢は、民進・おおさか維新・単独無所属の三択でしたが、意見は必ずしも一つにまとまらず、分散状態でした。
この間、私の脳裏に常にあったのは、民主党離党の折に皆様の前でお話しした、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラのことでした。ゲバラはカストロと共にキューバ革命を成功させた後、大臣や中央銀行の総裁を歴任しましたが、その生活に安住することなく、「私を求めている民衆がいる」とカストロに別れの手紙を書き、ボリビアの革命戦線に身を投じ、最期は命を失うことになりました。
 革命の是非はともかく、功なり名を遂げた後、もう一度民衆のための戦いに挑むその気概を、私としても少しでも持ちたいと思い、信ずる理念・政策を実現していく道として日本維新の会に参加したのです。このたびも、国民のため、自分の生き残りではなく、政策中心の政治を求めていく。そう考え、おおさか維新の会への参加を決断しました。大きな政党の方が安定した政治活動ができることは当然ですが、憲法改正(ハト派的改正)、安全保障論、リフレの経済政策等々、私の信ずる道と、民進党の理念・政策は一致せず、おおさか維新とは全て一致した事が最大の理由です。

 思えば、民主党を離党し維新に合流した時も、選挙は厳しくなることを覚悟の上で、政策という筋を通させて頂きました。今回もまた、選挙に関しては必ずしもプラスとは言えませんが、政策という筋を通すことにしました。橋本・松井両氏への恩義やこれまでの経緯を踏まえれば、ここは安楽よりも筋を通すべきと考えた次第です。どうぞご理解を賜りたく、お願い申し上げます。

 尚、選挙区に関しましては、先に書きましたように、近畿の比例は緊急処置であって、その後も維新の党では私は一貫して山梨1区の支部長であり、基本は山梨1区と考えています。しかし、後援会の皆様の中にも、おおさか維新に入れば、近畿からの出馬になるのではないかとの誤解も極めて多い事や入党直後で、自分の都合だけで決められない事等々の事情もあります。今後党の関係者との話し合いを進めて決めていきたいと思っています。
 いずれにしても、厳しいイバラの道であることは十分承知しながら、自分の政治の理想を求めて、日本のために頑張っていきたいと思っています。
 どうぞ、ご理解の程、お願い申し上げます。

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